Scope3算定の段階的アプローチ 〜排出量精度向上に向けた実務の進め方〜
2025年3月、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は、サステナビリティ関連財務情報の開示に関する2つの基準を公表しました。「一般開示基準」と「気候関連開示基準」であり、後者にはScope1・2・3のGHG排出量の開示が含まれています。
一方、金融庁は開示義務化のスケジュールを検討しており、2027年3月期から段階的にプライム上場企業に対し、開示を義務付ける方針を示しています。
この流れの中、企業はScope1・2に加え、Scope3排出量の算定と開示を進めていく必要があります。特にScope3は、カテゴリーが多く、個社の事業形態や算定の成熟度によって算定方法の選択肢が複数あることから、実務面での難易度が高い領域です。
本記事では、Scope3排出量算定における段階的アプローチを紹介し、実務上の留意点を整理します。
目次[非表示]
- 1.Scope3算定に係る国内動向
- 2.Scope3算定のステップ
- 3.算定にあたっての留意点
- 4.まとめ
Scope3算定に係る国内動向
気候変動への懸念が大きくなるにつれて、企業の成長に与える影響を無視できないことが明らかとなり、企業のGHG排出量に関する情報への関心が高まり続けています。国内外の機関投資家を中心に、企業のGHG排出量や削減実績のほか、同業他社との比較可能な定量的なデータを望むなど、定量的な情報開示を要求しています。その中で、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)は2025年3月に開示基準を公表しました。同基準は日本のサステナビリティに関する法令や規則などの諸制度を考慮しつつ、国際的な基準(ISSB基準)と平仄を合わせています。
気候関連開示基準では、Scope1、Scope2、Scope3の排出量開示が必要になります。ここでScope3については、算定ガイドラインを環境省が公表していることもあり、既に多くの企業で、サステナビリティレポートや統合報告書、有価証券報告書等において開示が始まっています。一方、本基準に基づく、有価証券報告書での開示義務化時期については、金融庁が検討を進めており、2027年3月期から時価総額3兆円以上の大企業約70社に適用し、2028年3月期から同1兆円以上企業(約180社)、2029年3月期から5,000億円以上の企業(約300社)、最終的に2030年台には全東証プライム上場企業(約1,600社)に開示義務化となる模様です。また、開示情報の信頼性を確保するため、監査法人などの第三者による保証制度も導入し、サステナビリティ情報に関する検査・監督体制も整える検討が進んでいます。
また多くの企業で、Scope1・2・3排出量の削減目標の設定が行われており、Scope3は、Scope1・2同様、算定から削減する段階に移行しているといって、過言ではないでしょう。
Scope3算定のステップ
Scope3はScope1・2以外のサプライチェーン全体(取引先、消費者、物流など)から発生する間接的な排出量です。Scope3排出量算定は複雑で、すべてのカテゴリーを一斉にかつ正確に把握するのは困難なため、多くの企業は段階的なアプローチを経て、精度向上と排出量削減の可能な算定方法にアップデートしています。
ステップ1:簡易的な全体把握
まずは、Scope3排出量の全体感・規模を把握するため、算定範囲を限定(例えば本社のみ、主要事業のみなど)し、活動量算定の業務負荷を考慮し可能な範囲で収集し算定するケースが多く見受けられます。このステップでは、排出原単位として環境省が提供しているデータベースを使用し、活動量にはそれに対応するものを収集する、という方法となります。この算定方法は、比較的簡易に算定ができるというメリットがある反面、事業が成長すると活動量として採用した取引金額や社員数が自然と増加するため、削減の取組みが排出量削減に反映されないなどのデメリットもあります。このステップで、排出量が多いカテゴリーや事業への影響を想定しつつ、重要カテゴリーを見極め、そのカテゴリーを中心にデータの精度向上・削減可能な算定(ステップ2以降)への移行と収集範囲の拡大を段階的に活動時に進める端緒になります。
ステップ2:数量ベースへの移行
次のステップとして、活動量を取引金額や社員数から実際の調達数量などの物量や移動手段と移動距離等に置き換え、排出原単位を金額ベースからAIST-IDEA等の数量ベースに変更します。これにより、調達先や使用量の変化が排出量に反映されやすくなり、削減効果の可視化に近づきます。この算定方法では、引き続き、事業が成長すると活動量として採用した調達数量や移動距離が自然と増加し削減の取組みが排出量削減に反映されない、排出原単位のデータベースが有料、作業負荷が増加するなどのデメリットもありますが、削減のための算定方法(ステップ3)に移行するために避けては通れないステップとなります。
ステップ3:排出原単位の一次データ化
最終段階として、活動量はステップ2のまま変えず、排出原単位を個社固有の数値(一次データ)すなわち、各取引先や製品・サービス単位での実際の排出原単位を使用します。これにより、各取引先における削減活動が自社のScope3算定に反映可能となり、事業成長と排出量削減の両立が可能となります。一方、これを実現するためには、サプライヤー等各取引先の協力が不可欠です。そのため、先進企業をはじめ多くの企業で、サプライヤーとのエンゲージメント活動が積極的に行われ始めています(これについては、別のコラムで説明します)。
算定にあたっての留意点
段階的アプローチを進めるには、以下の点に留意が必要です。
優先順位の設定
Scope3データの算定範囲を拡大し、カバー率を高めるとともに、削減の取組みが反映される算定方法に変更していくことが必要ですが、業務負荷が大きくなります。そのため、おおよその規模を把握し、自社の事業にとって影響度の高い領域を特定し、優先的に対応することが効果的です。例えばステップ1で重要カテゴリーとしてカテゴリー1(購入した製品・サービス)が特定されたとすると、影響の大きいサプライヤーからのコミュニケーション強化を開始します。他カテゴリーの精緻化は可能かもしれませんが、精緻化にかける業務負荷と削減へのインパクトを考慮し、優先カテゴリーを決めることが重要となります。
算定計画の策定
上述のステップ2・3の算定方法では、算定業務の負荷が大きくなるため、順次、可能な範囲で範囲の拡大と正確性の向上を図ります。一方、開示義務化や顧客からの開示要請等のスケジュールも無視することはできません。そのため、段階を踏んだスケジュールを策定することが重要となります。そしてステップ3におけるサプライヤーとのエンゲージメントについては、自社の削減戦略や目標を共有し、一次データ算定を促し、環境負荷の少ない製品やサービスの選定を図ること、さらには共同で排出量削減プロジェクトを推進することが期待されます。
まとめ
SSBJが定めた基準では、Scope1・2・3の算定・開示が必要になります。Scope3の算定は、単なる開示義務への対応にとどまらず、事業と環境対応を両立する上で重要な基盤です。簡易算定からスタートし、徐々に精緻化しながら排出削減に直結する手法へ移行する段階的アプローチは、多くの企業で現実的かつ有効な方法となっています。自社の影響度の高い領域を見極め、削減可能な方法へと進化させていくことで、企業価値の向上にもつなげていきましょう。