SBTiとは?企業が対応すべき要件・Scope3との関係・実務ステップを解説【2026年最新版】
目次
SBTi(Science Based Targets initiative)は、企業の温室効果ガス排出量削減目標が「パリ協定の1.5℃目標と整合しているか」を評価・認定する国際的な枠組みです。
SBT(Science Based Targets)とは、企業が設定する科学的根拠に基づく温室効果ガス削減目標を指します。
近年、投資家・取引先・規制当局からの要請を背景に、多くの企業がSBTへの対応を進めています。しかし実務では、
- SBTとは何か、何が求められるのか分かりにくい
- Scope3はどこまで対応すべきか判断できない
- 申請や目標設定の進め方が分からない
といった課題に直面するケースが少なくありません。
本記事では、SBTの基本概念から要件、Scope3との関係、企業が取るべき具体的な対応ステップまでを体系的に整理します。
これから対応を検討する企業担当者から、実務を進める担当者まで、全体像を短時間で理解できる内容となっています。
この記事のポイント(要約)
- SBTiは、企業の脱炭素目標が1.5℃目標と整合しているかを認定する仕組み
- 対応にはScope3を含めたバリューチェーン全体での削減が求められる
- 近年は「認定取得」から「削減実行」へと評価軸が変化している
- SBTi対応は制度対応ではなく、経営判断としての重要性が高まっている
1.SBTiとは 企業の脱炭素目標に”合格ライン”を与える仕組み
SBTiとは、企業が設定する温室効果ガス排出量削減目標が、パリ協定の1.5℃目標と整合しているかを評価・認定する国際的なイニシアチブ(団体)です。
SBTiはCDP、国連グローバル・コンパクト(UNGC)、WRI(世界資源研究所)、WWFなどによって運営されており、企業の脱炭素経営を推進する枠組みの一つとして位置づけられています。
SBTiとSBTの関係
SBTiを理解するうえで重要なのは、「SBTi(団体)」と「SBT(目標)」は別物であるという点です。
- SBTi:目標の妥当性を評価・認定する団体
- SBT:科学的根拠に基づく削減目標
企業は、自社で設定した削減目標をSBTiに提出し、その目標が基準に適合しているかの認定(validation)を受けます。つまり、SBTiから認定されるのは企業そのものではなく「削減目標」です。
SBTiの役割(何をしているのか)
SBTiは単なるガイドラインではなく、企業の脱炭素目標に対して第三者的な評価を行う役割を担っています。
- 削減目標の基準(1.5℃水準など)の策定
- 企業が設定した目標の審査・認定
- 認定された目標・企業の公表
これにより、企業の気候変動対応は「科学的に妥当かどうか」が客観的に判断される仕組みとなっています。また、自社の削減目標がSBTiから認定を受けている場合、その旨伝えることで、そのレベル感が共有されます。
つまりSBTiを一言でいうと、 「企業の脱炭素目標に“合格ライン(1.5℃水準)”を与える仕組み」を運用している団体です。
なぜこの整理が重要なのか
実務では「SBTiに認定されたる企業」という表現が使われることもありますが、正確には“SBTiに認定された目標(SBT)を持つ企業”であるかどうかが問われます。
この違いを理解していないと、
- 目標設定の要件を正しく理解できない
- Scope3対応の必要性を見誤る
- 実務ステップの順序を誤る
といった課題につながる可能性があります。
2.なぜSBT(SBT目標)が求められるのか(背景)
SBT目標を持つ企業が増えている背景には、気候変動対策の国際的な枠組みと、企業に対する外部からの要請の変化があります。
背景①パリ協定と1.5℃目標
2015年に採択されたパリ協定では、世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて「1.5℃以内」に抑えることが目標として掲げられました。
この目標を達成するためには、各国だけでなく企業も含めた温室効果ガス排出量の大幅な削減が必要とされています。
SBTiは、この1.5℃目標と整合する形で企業の削減目標を定めるための基準の提供と認定をしており、企業の気候変動対応を「科学的根拠に基づくもの」にする役割を担っています。
背景②投資家・取引先からの要請の強まり
近年、企業の脱炭素対応は任意の取り組みではなく、外部からの評価や取引条件に直結する要素となっています。
- ESG投資の拡大による投資家からの評価圧力
- 大企業によるサプライチェーン全体での排出量削減要請
- CDPなどの評価機関によるスコアリング
こうした動きの中で、SBTiのような「客観的に評価された目標」を持つことが、企業の信頼性を高める要素となっています。
背景③開示制度との接続(SSBJ・TCFDなど)
SSBJやTCFDなど、気候変動に関する情報開示も急速に制度化が進んでいます。これらの枠組みでは、企業の排出量や削減目標の開示が求められるため、「どの水準の目標を設定しているか」が重要になります。
SBTiは、その目標の妥当性を担保する手段として位置づけられ、開示と実務の両面で重要性が高まっています。
背景まとめ:なぜ今SBT目標対応が重要なのか
このように、国際目標(パリ協定)、投資家・取引先の要請、開示制度の進展等が重なった結果、SBT目標設定は単なる任意の取り組みではなく、企業経営における前提条件に近い位置づけへと変化しつつあります。
そのため、SBT目標を理解することは「外部環境対応」だけではなく、企業の競争力や事業継続性に関わるテーマとして捉える必要があります。
※SBT認定取得の背景やメリットについては、以下の記事で詳しく解説しています
3.SBT目標の要件(短期目標)
SBTiでは、企業が設定した削減目標(SBT)が「1.5℃目標と整合しているか」を判断するために、具体的な基準(要件)が定められています。
ここでは、実務上重要となる主要な要件を整理します。
① 対象企業(どの企業が対象か)
SBT目標は特定の業種や規模に限定された制度ではなく、基本的にはすべての企業が対象となります。
ただし実務上は、以下のような企業を中心に導入が進んでいます。
- 上場企業・大企業(投資家対応・ESG評価)
- 海外展開している企業(国際基準対応)
- サプライチェーン上で削減要請を受ける企業
特に近年は、大企業が取引先に対してSBT目標や同等水準の目標設定を求めるケースが増えており、中小企業であっても実質的に対応が必要となる場面が増えています。
なお、中小企業向けには簡易的な基準で目標設定が可能な「SMEルート」も用意されています。
つまり、SBT認定取得は、「義務ではないが、実質的に求められるケースが増えている」点がポイントです。
② SBT目標の水準(1.5℃整合)
SBT目標では、企業が任意に削減目標を設定するのではなく、パリ協定の1.5℃目標と整合する水準での削減が求められます。
具体的には、以下のような観点に基づいて目標を設定します。
観点1) ■削減水準の基本的な考え方
世界全体で必要とされる、科学的に定義された排出削減量目標(Science Based Targets)を前提に、企業単位に落とし込んだ削減経路(デカーボナイゼーションパス)に沿って設定されています。
観点2) ■ 目安となる削減水準(例)
業種や算定手法によって異なりますが、一般的には以下のような水準(絶対量削減アプローチの場合)が求められます。
- Scope1・2:年平均で4.2%以上の削減(1.5℃整合)
- Scope3:年率削減(2.5%/年以上)またはサプライヤーエンゲージメント目標
こうした削減水準は投資判断、事業ポートフォリオの見直し、設備投資・調達戦略等に直接影響する重要な指針となります。
観点3) ■ 業種別の違い
SBT目標では、業種ごとに適用される算定手法が異なります。
- 絶対量削減アプローチ
- SDA(Sectoral Decarbonization Approach)
そのため、
- 製造業
- エネルギー業
- IT・サービス業
といった業種ごとになどで求められる削減率やアプローチが変わる点にも注意が必要です。
※Scope1・2・3の基本については、以下の記事で詳しく解説しています
→ Scope3とは?算定対象・15カテゴリをわかりやすく解説
③ Scope1・2・3の扱い
SBT目標では、企業単体ではなくバリューチェーン全体(Scope1・2・3)での排出量管理が前提となります。
実務上のポイントは、削減を視野に入れた際、Scope1・2は比較的コントロール可能ですが、Scope3は自社単独では管理できない領域であるという点です。
そのため企業は、
- サプライヤーへのデータ要求
- 製品設計の見直し
- 顧客側での使用段階の排出削減
といった、自社の枠を超えた対応が求められます。
つまりSBT目標は「企業単体の削減」ではなく「バリューチェーン全体の変革」を前提としていることを理解することが重要です。
④ Scope3の要件(実務の最大論点)
SBTiは、Scope3について明確な基準をが設けています。
■ 必須となる条件
Scope3排出量が全体(Scope1+2+3)の40%以上を占める場合、企業はScope1+2とは別に、Scope3についても削減目標を設定する必要があります。
■ 目標設定の考え方
Scope3では、以下のような対応が求められます。
- 排出量の大きいカテゴリ(例:購入品、輸送、使用段階)の特定
- 重要カテゴリに対する削減目標の設定
- サプライヤーとの連携(エンゲージメント)
特に近年は、「サプライヤーにSBT設定を求める(エンゲージメント目標)」が重要な手法として位置づけられています。
■ なぜ難しいのか(実務課題)
Scope3対応が難しい理由は明確です。
- 一次データの取得が困難(推計に依存)
- サプライヤーの協力が必要
- カテゴリごとに算定方法が異なる
そのため多くの企業では、Scope3対応がSBTi対応のボトルネックになるケースが一般的です。この点については詳しく後述します。
⑤ FLAG(森林・土地利用)関連排出への対応
食品・農業・林業関連の企業については、SBTiにおいて「FLAG(Forest, Land and Agriculture)」と呼ばれる専用基準が適用されます。
FLAGは、
- 農業由来排出
- 土地利用変化(LUC)
- 森林関連排出
などを対象としたもので、通常のエネルギー起源の排出とは別に目標設定が求められます。
該当する企業では、通常のSBTに加えてFLAG目標の設定が必要となる点に注意が必要です。
※詳細は以下の記事で解説しています。
→ SBT FLAGとは?(今後公開予定)
⑥ カバレッジと目標期間(どこまで・いつまでに)
SBTiは、削減目標の対象の範囲(カバレッジ)と目標期間についても具体的な基準を設けています。
■ カバレッジ要件(目標の対象範囲)
- Scope1・2:合計で95%以上
- Scope3:主要カテゴリを対象とし全体の67%以上
を、削減目標の対象範囲とする必要があります。
■ 目標期間(時間軸)
- 短期目標:5〜10年(必須)
- 長期目標:ネットゼロ(2050年など)
短期目標は、企業が直近で達成すべき削減計画として位置づけられます。一方長期目標は、将来的な脱炭素経営の方向性を示すものとなります。
⑦ 基準年排出量(Base year)の考え方
SBT目標では、削減目標は「どれくらい削減するか」だけでなく、どの時点の排出量を基準にするか(基準年)も重要な要素となります。
一般的には、以下のような考え方で設定されます。
- 基準年は、信頼性の高い排出量データが取得できる年を選定
- 多くの企業では直近の実績年を採用
- 一度設定した基準年は、原則として変更しない
■ なぜ基準年が重要なのか
基準年の設定によって、同じ削減率でも実際の削減難易度が大きく変わります。
例えば、
- 排出量が多かった年を基準にする → 削減が比較的容易
- すでに削減が進んだ年を基準にする → 追加削減のハードルが高い
など、削減目標の達成可能性に大きな影響を与えます。
一方、既に企業内で削減目標を有している場合、SBT認定基準と整合させるための社内調整が必要となる場合があります。
■ 実務上の注意点
基準年の設定では、以下の点に注意が必要です。
- M&Aや事業再編があった場合の再計算(リベース)
- Scope3データの精度(推計から実測への切替)
- 組織境界の変更
これらにより、基準年排出量の見直しが必要になるケースもあります。
表.短期目標の要件一覧
| 項目 | 要件 |
|---|---|
| 対象企業 | 業種・規模問わず(SMEルートあり) |
| 目標水準 | 1.5℃目標に整合 |
| Scope1・2 | 年率4.2%以上削減(目安。絶対量削減アプローチの場合) |
| Scope3条件 | 全体の40%以上で目標設定必須 |
| Scope3設定方法 | 絶対削減(目安:2.5%) or サプライヤーエンゲージメント |
| Scope1+2カバレッジ | 95%以上 |
| Scope3カバレッジ | 67%以上 |
| 目標期間 | 5〜10年 |
(補足) ネットゼロ基準との関係
近年は、SBTiの中でもネットゼロ基準(Net-Zero Standard)が重要性を増しています。
これは、
- 長期的に排出量を実質ゼロにする
- 残余排出は除去(オフセット等)で対応
といった考え方に基づくものです。
※SBTiの最新基準については、以下の記事で解説しています。
4.SBT目標におけるScope3の重要性と実務上の課題
前述の通り、SBT目標において、最も重要かつ難易度が高い論点がScope3(サプライチェーン排出量)です。Scope3は企業のバリューチェーン全体に広がる排出であり、多くの企業において総排出量の大部分を占めます。 SBTiがScope3を重視する理由は「排出の大部分がそこにあるため」です。換言すると、多くの企業では、Scope3を含めなければ取得が困難なケースが多い状況にあります。
Scope3は「算定より削減が難しい」
近年は算定手法やガイドラインの整備が進み、Scope3の排出量把握自体は一定程度可能になってきています。
一方で削減については、
- 排出源が自社の管理外にある
- サプライヤーや顧客の行動に依存する
- 自社単独では意思決定できない
といった理由から、企業単体でコントロールできない領域が多いのが実態です。
つまり、SBT目標においてScope3のポイントは「算定」ではなく、いかに「削減」するかにあると言えます。これが、多くの企業が直面するScope3の最大の課題です。
※Scope3の算定方法や削減方法の詳細については、以下の記事で詳しく解説しています
→ Scope3算定をどう設計するか~排出削減の取り組みと算定結果を結びつける考え方
よくある誤解(Scope3不要論はなぜ起きるのか)
Scope3対応については、「対応しなくてもよいのではないか」という誤解が生じやすい領域でもあります。
こうした誤解は、Scope3の特性そのものに起因しています。
まず一つ目は、「Scope3は任意だから対応しなくてもよい」という認識です。
確かに制度上は、すべての企業に一律でScope3目標が求められるわけではありません。しかし実務上は、Scope3が排出量の大部分を占める企業が多く、その場合は削減目標の設定が求められます。つまり、形式的には任意でも、実質的には必須となるケースが多いのが実態です。
二つ目は、「自社でコントロールできないため対象外」という認識です。
Scope3はサプライチェーンに広がる排出であるため、自社単独では削減できない領域が多く存在します。しかしSBTiは、まさにこの「企業の外側にある排出」も含めて削減することを前提とした枠組みです。
そのため企業には、サプライヤーへの働きかけ、調達方針の見直し、製品設計の改善等といった対応が求められます。
「コントロールできないから対象外」ではなく、「関与して削減することが求められる領域」と捉える必要があります。
三つ目は、「算定できれば対応したことになる」という認識です。
Scope3は算定の難しさが注目されがちですが、SBTiが求めているのは排出量の把握ではなく、削減目標の設定と実行です。算定はスタートラインであり、本質は削減にあります。
このように、Scope3に関する誤解の多くは「難しい=対象外」という認識から生じています。しかし実際には、Scope3こそがSBT目標の中核であり、ここへの対応が企業の評価を大きく左右します。
※Scope3の算定方法や15カテゴリの詳細については、以下の記事で詳しく解説しています
→ Scope3とは?算定対象・15カテゴリをわかりやすく解説
5.SBT認定取得の実務ステップ(企業は何をすればよいか)
SBTi対応は単に目標を設定するだけでなく、排出量の把握から目標設定、社内体制構築までを含む一連のプロセスとして進める必要があります。
ここでは、企業が実際に進める際の基本的なステップを整理します。
STEP1 排出量の算定(Scope1・2・3の把握)
まずは、自社の温室効果ガス排出量をScope1・2・3で把握します。
- Scope1・2:比較的データ取得が容易
- Scope3:推計を含めた算定が必要
特にScope3については、
- 主要カテゴリの特定
- 排出量の大きい領域の把握
が重要になります。
ここでの精度・算定方法が、その後の目標設定の前提になるので、注意深く実施する必要があります。
STEP2 削減目標の設定(SBT目標の設計)
次に、算定した排出量をもとに、SBT目標を設定します。
- 1.5℃目標に整合する削減水準
- 基準年(Base year)の設定
- Scope3を含めた目標範囲の決定
この段階では、「達成可能か」ではなく「科学的に求められる水準」で、ある意味機械的に設計することが重要です。
削減目標の例:製造業の場合、
- Scope1・2:2030年までに2019年比で50%削減
- Scope3:主要サプライヤーの70%にSBT設定を求める
といった形で、削減率と対象範囲を組み合わせて目標を設定します。
STEP3 SBTiへの申請・認定(バリデーション)
設定した目標は、SBTiに提出し、基準への適合性について審査(バリデーション)を受けます。
- 申請書類の作成
- 申請(バリデーション)
- SBTiによるレビュー
審査を通過すると、目標は正式にSBTiから認定されます。ここで初めて「SBTi対応企業」として対外的に示すことができます。
STEP4 社内体制の構築と削減の実行
認定後は、目標達成に向けた具体的な取り組みが求められます。
- 調達・製品開発・設備投資の見直し
- サプライヤーとの連携(Scope3対応)
- 社内KPIへの落とし込み
特にScope3削減は、調達・設計・営業など複数部門を横断した対応が必要となるため、全社的な体制構築が不可欠です。
Scope3削減の具体策(例)としては、
- 調達先を再エネ利用企業へ切替
- 低炭素素材への置換
- サプライヤーに対する削減要請
といった取り組みがあります。
STEP5 進捗管理と開示(継続的対応)
SBT目標は一度認定されて終わりではなく、継続的な進捗管理と開示が求められます。
- 排出量の定期的なモニタリング
- 目標達成状況の開示(CDP・統合報告など)
- 必要に応じた目標の見直し
つまりSBT目標を取得するということは短期の「プロジェクト」ではなく「継続的な経営プロセス」と捉えていくことが重要です。

図.SBT目標の全体プロセス(認定から実行へ)
実務対応上のポイントは体制整備
このように、SBT目標の設定は、環境部門単独では完結しません。
- Scope1/2 → 設備部門
- Scope3対応 → 調達部門
- 製品設計 → 開発部門
- 投資判断 → 経営層
といったように、企業全体に影響が及びます。
そのため、「誰が責任を持つのか」「どう全社で進めるか」が最大の論点となります。
6.SBT目標のメリット・デメリットとは?企業にとってのインパクト
SBT目標は、企業にとって負担の大きい取り組みである一方、前に述べた通り、対外評価や競争力に直結する重要なテーマでもあります。ここではSBT目標が企業に与えるインパクトという視点から整理します。
SBT目標が与えるポジティブインパクト
①資本市場・投資家からの評価への影響
ESG投資の拡大に伴い、企業の脱炭素目標は重要な評価指標となっています。その中でもSBT目標は、科学的根拠に基づく目標であることを第三者が認定する仕組みであるため、単なる自己宣言よりも信頼性が高いと評価されます。その結果、CDPスコアや投資判断にも影響し、「SBT認定取得しているかどうか」が企業価値に影響するケースも増えています。
②取引・サプライチェーンへの影響
近年は、大企業が自社の排出削減の一環として、取引先にも同水準の対応を求める動きが広がっています。そのため、SBTiに対応していないことが、取引機会の喪失につながる可能性もあります。言い換えると、SBT目標は競争優位性の分岐点になる可能性があるということです。
③経営意思決定への影響
SBT目標は単なる外部対応にとどまりません。削減水準が明確に定められていることで、投資判断や事業ポートフォリオの見直しといった経営判断の軸としても機能します。SBT目標は「外部評価のための対応」であると同時に、「経営の指針」としての役割も持つといえます。
一方で無視できない負荷・リスク
①Scope 3対応による実務負荷
前章でも触れた通り、Scope3はサプライチェーン全体に広がる排出であるため、自社単独ではコントロールできない領域が多く存在します。サプライヤーとの連携やデータ収集、削減施策の実行など、多くの企業にとって実務負荷の大きい領域となります。
②コスト面の負担
SBTの削減目標は水準が高いため、コスト面での負担も無視できません。再生可能エネルギーの導入や設備投資、低炭素素材への切替など、短期的にはコスト増加につながるケースが一般的です。
③未達リスク
SBT目標はその達成が前提となるため、未達の場合には対外的な評価リスクも伴います。「高い目標を掲げること」自体が、企業にとってプレッシャーとなる側面もあります。
④全社的な体制構築の負荷
SBT目標達成の活動は環境部門だけで完結するものではありません。調達、開発、経営層など複数部門を巻き込む必要があり、全社的な体制構築が求められます。SBT目標取得は「環境施策」ではなく、「組織変革」に近い取り組みといえます。
SBT目標は経営としてどう捉えるべきか、取得は本当に必要なのか
SBT目標の認定取得は法的義務ではありません。
一方で、本章で見てきた通り、SBT目標は企業に対して多面的なインパクトを持つテーマです。投資家評価や取引条件といった外部環境への影響に加え、投資判断や事業ポートフォリオの見直しなど、経営意思決定そのものにも関わる要素となっています。
また同時に、Scope3対応をはじめとした実務負担、コスト増加、未達リスク、全社的な体制構築といった負荷・リスクも伴います。
これらを踏まえると、SBT目標は「対応するかどうか」を判断する対象ではなく、企業経営にどのような影響を与えるかを前提に、どのように組み込むかを設計すべきテーマと位置づける必要があります。
この前提のもと、実際の企業ではどのように対応が進んでいるのか、次章で整理します。
※SBT目標の最新動向については、以下の記事で整理しています
→ SBTi「Trend Tracker 2025」から読み解く最新潮流 ─ 日本企業への示唆
7.日本企業におけるSBT目標への対応状況
SBTiはこれまで、目標設定と認定取得を中心に普及してきましたが、現在はその位置づけが変わりつつあります。
近年は、単に認定を取得しているかに加え、実際に排出削減を進められているかが問われる段階に移行してきています。
※日本企業の開示対応や制度動向については、以下の記事も参考になります
→ SSBJ(サステナビリティ開示基準)とは?制度の全体像と企業対応を体系整理
取得の広がりと「その先」の課題
日本企業においては、大企業だけでなく中堅・中小企業(SME)にも対応が広がりつつ、SBT目標の認定取得は着実に増加しています。
しかしその一方で、
- 目標は設定したが削減が進まない
- Scope3対応が進まない
- 社内体制が整っていない
といった課題も顕在化しています。
すなわち、取得したものの、削減が進んでいない企業が一定数存在しているのが実態です。
具体的には、
- 削減実行フェーズに進んでいる企業
- 目標設定で止まっている企業
の間で差が広がりつつあります。
今後の評価軸は「削減できているか」
今後は、SBT目標の有無だけでなく、実際の削減実績が重視されるようになると考えられます。
特に、
- Scope3削減の進捗
- サプライヤーの巻き込み
- 排出量の実質的な減少
といった点が評価の対象となっていくでしょう。
SBT目標は「取得すること」がゴールではなく、「削減を実現すること」が本質です。
※日本企業の開示対応や制度動向については、以下の記事も参考になります
→ SSBJ(サステナビリティ開示基準)とは?制度の全体像と企業対応を体系整理
8.SBT目標でよくある失敗の理由(多くの企業がつまずくポイント)
SBT目標は多くの企業で取得されたり、取得に向けて検討が進められていますが、前章で見た「削減が進まない」など、実務では思うように進まないケースも少なくありません。
その背景には、個別の課題というよりも、進め方そのもののズレが存在します。
ズレ①制度対応として進めてしまう
SBT目標を「認定取得のためのプロジェクト」として進めてしまうケースは非常に多く見られます。
この場合、排出量算定、目標設定、申請といったプロセス自体は進みますが、その後の削減実行にはつながっていきません。
SBT目標は制度ではなく経営の方向性であるにもかかわらず、制度対応として扱ってしまうことがズレの出発点となります。
ズレ②目標設定と実行が分断される
SBT目標では科学的に必要な削減水準が求められるため、目標は一定水準以上になります。一方で、その目標を実現するための施策や投資計画が同時に設計されていないケースが多く見られます。
その結果、目標だけが先行する、実行フェーズで行き詰まるという構造になります。
SBT目標に対し、「目標設計」と「実行設計」をが分断して進めていくことが失敗の典型パターンです。
ズレ③Scope3が全社課題と認識されていない
Scope3は、その排出源が自社の管理範囲を超えている点がScope1・2と大きく異なります。原材料調達、物流、製品使用など、Scope3はサプライチェーン全体に広がっており、削減を実行していくためには特定の部門だけで完結することができません。
そのため実務では、
- 調達部門:サプライヤーとの連携
- 開発部門:製品設計の見直し
- 営業部門:顧客への対応
- 経営層:投資判断・方針決定
といった形で、複数部門の関与が不可欠になります。
しかし実際には、
- 環境部門だけで対応しようとする
- 他部門が十分に関与しない
- 経営の優先度が低い
といった状況でSBT目標を設定すると、結果として、Scope3削減が進まない、といったケースが多く見られます。
Scope3は単なる算定・削減の問題ではなく、「組織をどう動かすか」という経営課題そのものです。
なぜこのようなズレが起きるのか
これらに共通するのは、SBT目標を「部分最適」で捉えてしまうことです。
算定した、目標は設定してある、あとは申請だけ、といった形で進めると、全体として成立しなくなります。
繰り返しになりますが、SBT目標は企業活動全体にわたる目標であり、個別対応の積み上げでは成立しない場合がほとんどです。しかるべき体制を整えて取り組んではじめて、経営へのポジティブインパクトにつながります。
※SBTi対応を含めた脱炭素経営の全体像については、以下の記事で体系的に整理しています
→ サステナ経営を実践する組織デザイン:CFO・CIO・CSOが連携して実現する価値創造モデル
9.まとめ
SBTiは、企業の温室効果ガス削減目標がパリ協定の1.5℃目標と整合しているかを評価・認定する国際的な枠組みです。
SBT目標を認定取得するということは、単なる制度対応にとどまらず、企業の脱炭素対応を「目標設定」から「実行」まで求める仕組みに昇華させるということ点です。
本記事で解説した通り、SBT目標では以下のポイントが重要になります。
- 削減目標は科学的に求められる水準で設定する必要がある
- Scope3を含めたバリューチェーン全体での対応が前提となる
- 認定取得ではなく、削減の実行が評価される段階に移行している
また、実務においては、目標設定と実行の分断、Scope3対応の遅れ、全社体制の不備といった構造的な課題が、対応の成否を分ける要因となります。
さらに、業種によってはFLAG(森林・土地利用)基準への対応も求められるため、自社に適用される要件を正しく把握することが不可欠です。
まずは、
- 自社の排出構造(特にScope3)を把握
- 現実的な実行体制を見据えたうえでSBTiが求まる水準での削減が可能か検討
ことが、実効性のあるSBTi対応の第一歩となります。
FAQ
Q1. SBTiとは何の略ですか?
SBTiは「Science Based Targets initiative」の略で、企業の温室効果ガス削減目標がパリ協定の1.5℃目標と整合しているかを評価・認定する国際的なイニシアチブです。
Q2. SBTとSBTiの違いは何ですか?
SBTiは目標を評価・認定する団体であり、SBT(Science Based Targets)は企業が設定する削減目標そのものを指します。
企業は自社の目標(SBT目標)をSBTiに提出し、認定を受ける仕組みです。
Q3. SBT目標は義務ですか?
現時点では法的義務ではありません。ただし、投資家や取引先からの要請、開示制度の進展により、実質的に対応が求められるケースが増えています。
Q4. Scope3は必ず対応が必要ですか?
Scope3排出量が全体の40%以上を占める場合、削減目標の設定が求められます。多くの企業でScope3が排出量の大部分を占めるため、実務上は重要な論点となります。
Q5. SBT目標対応にはどれくらい時間がかかりますか?
排出量算定、目標設定、申請、認定までを含めると、一般的に1年~2年程度かかるケースが多いです。特にScope3対応や社内体制構築に時間を要します。
Q6. 中小企業でもSBTi対応は必要ですか?
必須ではありませんが、大企業からのサプライチェーン要請により対応が求められるケースがあります。中小企業向けの簡易基準(SMEルート)も用意されています。
Q7. SBTiとTCFD・SSBJの違いは何ですか?
SBTiは削減目標の設定・認定に関する枠組みであり、TCFDやSSBJは気候関連情報の開示フレームワークです。
SBTiは「何を目標にするか」、TCFD・SSBJは「どう開示するか」という役割の違いがあります。
Q8. FLAGとは何ですか?
FLAG(Forest, Land and Agriculture)は、農業や土地利用に関連する排出を対象としたSBTiの専用基準です。
該当する企業は、通常のSBTに加えてFLAG目標の設定が求められる場合があります。
Q9. SBT目標の認定基準は変わりませんか?
新規認定基準が公開されています。
詳細については、こちらの記事で解説しています。
→【全3回・第1回】SBTi企業ネットゼロ基準V2.0(案) ~改訂の背景と全体像~
【全3回・第2回】SBTi企業ネットゼロ基準V2.0(案) ~改訂の詳細~
【全3回・第3回】SBTi企業ネットゼロ基準V2.0(案) ~移行期間・既存目標の扱いと、企業が今取るべき対応~
参考
- SBTi公式サイト https://sciencebasedtargets.org/
- 環境省|脱炭素経営・SBT関連情報 https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/




とは-―-製品のGHG見える化から企業全体の削減へ-150x150.png)
