有報は「基準に基づいた自由演技」へ―SSBJ対応で実務者が悩む“つながり”のつくり方

2026年8月現在、SSBJ対応は制度理解の段階から、実務対応の段階へ移りつつあります。

当社では、時価総額3兆円以上、1兆〜3兆円、5,000億〜1兆円など、適用時期や対応状況の異なる企業の実務担当者が参加するSSBJ分科会を開催しました。

本記事では、第1回分科会で共有された議論をもとに、SSBJ対応が本格化して数カ月が経過した今、実務者が何に悩み、どこで判断に迷っているのかを整理します。

SSBJ分科会とは

SSBJ分科会は、Booost株式会社が主催する、企業の実務担当者を対象とした全6回の実践型プログラムです。 2026年6月から、講師による解説に加え、参加企業同士のディスカッションや各社の課題共有を通じて、SSBJ対応における実務上の判断や進め方を検討しています。

第1回では、元SSBJ委員 菊池氏を講師に迎え、「SSBJの本質理解:開示ではなく経営課題」をテーマに議論しました。

会社 Co-Create Frontier 代表 元SSBJ委員 菊池 勝也氏
1989年大和証券投資信託委託(現大和アセットマネジメント)入社。約20年株式運用部門に所属しファンドマネージャーを務める。主として成長株ファンドやSRIファンドを担当。2013年調査部へ異動しアナリストとして金融・医薬品セクターなどをカバーする。調査部長を経てスチュワードシップ活動を担当。2019年東京海上アセットマネジメントへ入社し マルチアセットの責任投資を統括。
2025年4月企業と投資家による価値共創のサポートを目指し起業。経営戦略の立案・情報開示・IR活動等の支援、スタートアップ企業のアドバイザーなど資本市場に関連する分野で活動中。

第1回で議論された主なテーマ

第1回では、SSBJ対応を進めるうえで多くの企業が直面しやすい実務課題が議論されました。

主なテーマは、次の5つです。

  • 有価証券報告書と統合報告書をどう使い分けるべきか
  • 「企業価値向上」と言われても、何を目指せばよいのか
  • SSBJ対応を誰が主導し、どう部門を巻き込むべきか
  • データ整備と保証対応にどこまで備えるべきか
  • 投資家は本当にSSBJ開示を使うのか

これらの論点に共通しているのは、基準の要求事項を形式的に確認するだけでは答えが出ないということです。

何を重要と判断し、誰が意思決定し、どの媒体で、どこまで説明するのか。SSBJ対応では、各社が自ら判断しなければならない領域が大きくなっています。

実務者から見えた5つの悩み

1. 有価証券報告書と統合報告書をどう使い分けるべきか

SSBJ対応を進めるうえで、まず多くの実務担当者が悩んでいたのが、開示媒体の使い分けです。

これまで多くの企業は、統合報告書、サステナビリティレポート、有価証券報告書、IR資料、ESG評価機関への回答など、複数の媒体を通して非財務情報を開示してきました。

しかし、媒体ごとに読み手や目的は異なります。

統合報告書では比較的ストーリーを語りやすい一方、有価証券報告書では制度開示としての慎重さが求められます。また、本当に競争優位につながる戦略や、まだ試行段階にある取り組み、重要なリスク管理の内容については、どこまで開示すべきかの判断も難しくなります。

分科会でも、次のような悩みが共有されました。

  • 有価証券報告書には、どこまでサステナビリティ情報を書くべきなのか
  • 統合報告書では語れていた内容を、有価証券報告書にも書くべきなのか
  • 本当に競争優位につながる戦略は、どこまで開示すべきなのか
  • 重要なリスクほど開示しづらいが、それでも開示すべきなのか
  • 媒体ごとに担当部門が異なり、全体として一本筋が通りにくい

この論点は、投資家側の視点から見ても重要です。

GPIFが2026年3月に公開した資料では、運用機関が選ぶ優れたサステナビリティ開示の多くが任意開示、とりわけ統合報告書であった一方で、SSBJ開示が段階的に始まることを踏まえ、今後は制度開示と任意開示をどう使い分けるかを検討する必要があると示されています。

つまり、SSBJ対応では、単に「情報を開示する」だけでは不十分です。

  • どの情報を有価証券報告書に記載するのか
  • どの情報は統合報告書で補足するのか
  • どの情報は社内管理にとどめるのか
  • 投資家との対話において、どの媒体をどう使うのか

を整理する必要があります。

講師からは、有価証券報告書は「規定演技」ではなく、重要性に応じて各社が記述を工夫できる媒体であるという視点が示されました。

統合報告書だけが自由に語れる媒体なのではなく、有価証券報告書も、各社の重要性判断に応じて、自社らしい説明を行う必要があるという考え方です。

SSBJ対応では、情報を集める前に、まず開示媒体ごとの役割と、情報の出し分けの考え方を整理することが重要になります。

2. 「企業価値向上」と言われても、何を目指せばよいのか

分科会で繰り返し出ていたのが、「開示のための開示」から脱却したいものの、その次に何を目指せばよいのかが見えにくいという悩みです。

近年、サステナビリティ対応は「企業価値向上につなげるべき」と説明されることが増えています。

しかし実務担当者からすると、ここには大きな難しさがあります。

たとえば、

  • 企業価値とは、具体的に何を指すのか
  • 株価なのか、資本コストなのか、事業競争力なのか
  • 人的資本やGHG排出量の開示が、企業価値にどうつながるのか
  • 「女性管理職比率が上がった」「研修時間が増えた」ことを、どう事業戦略に結びつけるのか
  • サステナビリティ施策の成果を、投資家にどう評価してもらえるのか

といった問いです。

ある参加者からは、「開示至上主義から脱却しようとしているが、次の旗印が見えにくい」という問題意識も共有されました。

データドリブン経営、サステナビリティ経営、企業価値向上といった言葉は理解できる。一方で、それが現場の具体的な判断に落ちると、「結局、何を目指せばよいのか」「何をもって良い状態と言えるのか」が見えにくい。

この悩みは、SSBJ対応の本質に近い論点です。

SSBJ対応は、単に開示項目を埋める作業ではありません。自社のリスクと機会をどう認識し、それを戦略やKPI、経営管理にどう統合するかが問われます。

ここから先では、分科会で共有された具体的な議論をもとに、企業価値との接続、部門横断体制、データ整備、保証対応、投資家による活用可能性について整理します。

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