SSBJ「5,000億円未満は義務なし」は誤解 ーサステナ情報開示の義務的開示の実態と将来展望

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2025年7月7日付の日本経済新聞「サステナ情報開示『全プライム企業に義務化』見送りへ 金融庁」は、時価総額5,000億円未満のプライム上場企業がサステナ情報開示義務の「対象外」との印象を与える報道を行いました。しかし実際には、プライム上場企業には、有価証券報告書制度と東京証券取引所(JPX)のコーポレートガバナンス・コードにより、既に義務または準義務的な対応が求められています。企業は制度の現状と中長期的な方向性を正しく理解し、備える必要があります。
プライム市場の開示責任:ガバナンス・コードによる規律
まず確認すべきは、プライム市場に上場する企業は、東京証券取引所の「コーポレートガバナンス・コード」に基づき、「サステナビリティに関する基本的な方針」や「気候変動を含むリスクと収益機会の認識と対応」について情報を開示することが強く要請されているという点です【出典:JPX https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/】。
この要請は「Comply or Explain(遵守か説明か)」原則の下にあり、形式上は任意でも、実質的にはすべてのプライム上場企業が開示を期待される内容です。企業規模にかかわらず、ESG関連の情報開示は投資家との対話や評価において不可欠な要素となっています。
すでに始まっている法定開示:有価証券報告書での対応
さらに、金融庁は2023年1月の内閣府令の改正において、全上場企業に対して、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の記載を義務化しています。
全企業が対象となる開示項目は以下の項目です。
- サステナビリティ関連のリスク及び機会に対するガバナス体制
- サステナビリティ関連のリスク及び機会を識別・評価・管理するために用いられるプロセス
- 人的資本について、人材育成方針や社内環境整備方針
- 人材育成方針や社内環境整備方針に関する指標の内油、当該指標による目標・実績
- 女性管理職比率、男性育児休業等取得率、男女間賃金格差
また、企業にとって重要であると判断した場合には、以下の項目の開示も必要となっています。
- サステナビリティ関連のリスク及び機会に対処する取組み
- サステナビリティ関連のリスク及び機会の実績を評価・管理するために用いる情報
この制度は時価総額にかかわらず、全ての上場企業を対象となっています。したがって、5,000億円未満のプライム上場企業もすでに一定の開示義務を負っており、「義務なし」とする言説は制度上の事実と明確に異なっています。
SSBJ基準による段階的義務化と将来対象としての位置付け
現在、金融庁が主導しるSSBJ基準の導入が進行しており、対象企業の拡大は以下のように段階化されています。
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図1:サステナビリティ開示基準及び保証制度に係るロードマップ(案)(出典:金融庁 金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第8回)資料2)
これに加えて、サステナビリティ情報の開示と保証に関するワーキング・グループ中間論点整理(案)には、時価総額5,000億円未満の企業についても、「企業の開示状況や投資家のニーズを踏まえて、数年後を目途に結論を出す」と明記されており、義務化の検討対象として制度上位置づけられています。
「対象外」や「見送り」と断定するのは誤解を招く表現であり、正しくは「現時点で適用時期が未定なだけで、検討対象にある」というのが実態です。
実務上の影響と今後の方向性
ESG情報開示を求める動きは国内外で加速しており、時価総額5000億円以上の企業はもちろんのこと、多くの5,000億円未満企業もサステナビリティレポートなどを通じて開示を始めています。SSBJ基準では、まずはScope1・2排出量、ガバナンス、リスク管理から第三者保証を導入するとの方向性が示されており、形式的な制度義務よりも広範な実質的圧力が企業にかかっています。
企業にとって問われるのは、「いつ義務になるか」ではなく、「いかに備え、信頼性ある開示体制を構築するか」です。
まとめ
「時価総額5,000億円未満のプライム上場企業はサステナ開示の義務がない」という認識は事実に反します。すでに有価証券報告書とガバナンス・コードの双方で開示責任は課されており、SSBJ基準も将来的な義務化対象として検討が続けられます。
今後の制度強化を見越し、企業は早期からのサステナビリティ情報整備と統合開示体制の構築を進め、企業価値向上の足掛かりとすることが、自社のサステナブルな企業成長につながっていくでしょう。
出典
日本経済新聞「サステナ情報開示『全プライム企業に義務化』見送りへ 金融庁」2025年7月7日
サステナビリティー情報開示「全プライム企業に義務化」見送りへ 金融庁 – 日本経済新聞
東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/
金融庁「金融審議会ディスクロージャーWG報告を踏まえた内閣府令改正の概要」https://www.fsa.go.jp/policy/kaiji/sustainability01.pdf
金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第8回)配布資料
金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第8回)議事次第:金融庁