GRI 繊維・アパレルセクター基準案 ー範囲と他規制との整合性を解説

CSDDD:企業持続可能性指令と日本企業の対応

国際的なサステナビリティ報告基準を策定するGRI(Global Reporting Initiative)は、2025年7月15日、繊維・アパレル業界向けの新たなセクター別基準案を公開しました。パブリックコメントは2025年9月28日まで受け付けられ、最終版は2026年第2四半期に発行予定です。 本記事では、この新基準案の範囲、および他規制との整合性について解説します。

背景と目的

繊維・アパレル業界は、世界中の人々に生活必需品を供給し、世界経済を支える一方で、社会と環境に様々なリスクをもたらしています。特に、生産国における労働・人権問題、GHG排出、廃棄物増加が深刻な課題となっています。さらに、複雑かつ分散したサプライチェーンにより、トレーサビリティと透明性が欠如し、影響の把握と報告が困難になっています。 こうした課題に対応するため、本基準案は、繊維・アパレル業界におけるサプライチェーン全体のトレーサビリティと透明性を高め、グローバルなベストプラクティスを確立することを通じて、環境、経済、社会へのインパクトを反映したサステナビリティ情報の品質と比較可能性の強化を目的としています。

対象範囲

本基準案は、規模、業態、地域を問わず、以下に示すいずれかの事業活動を行う企業に適用されます。また、組織範囲は、財務報告の組織範囲と一致させる必要があります。

  • 繊維製造(家庭用および商業用の繊維を糸や生地に加工する工程を含む)
  • アパレル製造
  • 履物製造
  • ジュエリー製造
  • アパレル小売
  • 履物小売
  • ジュエリー小売
  • 繊維製品小売

重要項目

本基準案では、環境、経済、社会方面から合計18の業界全般で重要となる可能性が高い項目を特定しています。

  1. 気候変動
  2. 生物多様性
  3. 水資源と排水管理
  4. 有害化学物質
  5. 廃棄物、資源利用、循環型経済
  6. 先住民族の権利
  7. 児童労働
  8. 強制労働または強制的な労務
  9. 結社の自由と団体交渉権
  10. 差別の禁止、機会均等、ジェンダー平等
  11. 労働安全衛生
  12. 雇用(雇用形態・雇用の安定性を含む)
  13. 賃金および労働時間
  14. 調達慣行
  15. 腐敗防止
  16. マーケティングおよびラベリング
  17. 紛争影響地域・高リスク地域での事業活動
  18. サプライチェーンのトレーサビリティ

重要でないと判断した項目については、GRI内容索引に理由を記載する必要があります。

また上記項目以外に、サプライチェーンの透明性を一層高めることを狙い、「サプライチェーン開示」が追加セクター開示項目として含まれています。この項目では、最も重大な影響を及ぼすサプライヤーについて、生産拠点、原材料の種類、総取引量に対する割合などの情報開示が求められます。これにより、企業はデューデリジェンスの実施とサプライチェーン管理が促進され、ステークホルダーも影響の大きいサプライヤーを容易に把握できるようになります。

他規制との整合性

本基準案は、国際的なサステナビリティ規制との整合を意識して設計されていると考えられます。2024年7月に発効したEUのESPR(エコデザイン規則)は、製品の耐久性や再利用・リサイクル可能性などを義務付けています。さらに、2025年4月に公表された《ESPR作業計画(2025-2030)》では、優先対象製品カテゴリーの第1位に衣料・アパレルが位置づけられました。製品寿命の延長、材料効率の向上、水・廃棄物・気候・エネルギーへの影響削減が重点分野として掲げられています。本基準案に含まれる廃棄物、資源循環、有害化学物質などの重要項目は、こうしたESPRの要件と重なり、特にサプライチェーン全体のトレーサビリティ開示は、ESPRが導入する「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」との親和性が高いと考えられます。

また、EPR(拡大生産者責任)制度とも連動します。EPR制度は製品の回収・リサイクル費用を生産者が負担する仕組みで、2025年2月に合意された廃棄物枠組み指令の改正案では、EU加盟国が繊維製品の製造事業者に対し、回収や分別、再利用の準備、リサイクル、廃棄、および関連する輸送費用の負担をEPRとして義務化されます。こうした動向を踏まえ、GRIの廃棄物や循環経済に関する開示は、環境負荷の全体像把握や効果的な施策立案の基盤となり、企業が戦略的な環境負荷低減策を進めやすくする役割を果たします。

まとめ

今回のGRI新基準案は、繊維・アパレル業界が直面する複雑な課題に対し、国際的な規制と歩調を合わせた包括的な指針となっています。特にサプライチェーン全体の透明性確保は、法令順守だけでなく、ステークホルダーからの信頼獲得や企業価値向上にもつながります。本基準案をベースに制度化・義務化の流れを見据え、必要なデータ収集や開示の体制を早期に整え、企業価値向上につなげ始めることが、持続可能な成長の鍵となります。

出典

GRI Improving transparency in global fashion value chains

GRI GRI Sector Standard Project for Textiles and Apparel – Exposure draft

GRI GRI Sector Standard Project for Textiles and Apparel – Explanatory memorandum to the exposure draft

GRI Textiles and Apparel Sector Standard Frequently Asked Questions

欧州委員会 Regulation (EU) 2024/1781:Ecodesign for Sustainable Products Regulation(ESPR)

欧州委員会 ESPR Working Plan 2025–2030

欧州委員会 Waste framework directive – provisional agreement

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