欧州電池規則への実務対応 2025-2027

欧州電池規則(Regulation (EU) 2023/1542)は、電池のサステナビリティ、トレーサビリティ、資源循環を包括的に求める EU の新制度であり、2026 年からは電池パスポートの提出が義務化されます。

2026 年の 電池パスポート義務化 を中心として、日本企業はサプライチェーンを含めたデータ整備と運用体制の再構築を求められます。

本記事では、制度の解説ではなく、企業が実務として「何を、どの順番で、どの深さで行うべきか」について整理します。

👉 制度全体の理解はこちら:【最新版】欧州電池規則最新解説 義務化スケジュールと主要要件


日本企業が直面する 5 つの課題

欧州電池規則では、これまでと比較できないほど高い情報透明性が求められます。欧州電池規則の対応に取り組む日本企業では、ほぼ共通して次の5つの課題が見られます。

データが部門ごとに分断されている

電池パスポートや CFP(カーボンフットプリント)算定、LCA評価には、

  • 製造現場のエネルギーデータ
  • 材料情報
  • BOM(部品構成)
  • LCA関連データ

などが必要ですが、これらは多くの企業で製造、購買、環境、品質、設計など各部門に分散しており、整合性が取れない状態になっています。

算定に必要な粒度でデータが揃っていないことが、プロジェクト全体の最初のボトルネックになります。

👉 参考記事:サステナビリティ経営を推進するためのデータ利活用の重要性とポイント

② 上流サプライヤーからのデータ取得が難しい

CFP や再生材含有率、原材料の採掘・精錬情報など、電池パスポートに必要なデータの多くは 上流サプライヤーから提供を受ける必要があります。

特に海外サプライヤーは要求内容に慣れていないため、「なぜ必要なのか」「どの粒度で必要か」を理解してもらうことが重要になります。

👉 参考記事:サプライヤーとの連携で進めるスコープ3排出量削減

③ LCA / CFP の算定スキルとルール不足

LCA や CFP 算定には ISO 14040/44 や PEF(EU独自の手法)の理解が不可欠です。どこまでを算定範囲に含めるか、二次データをどの条件で使うかといった社内ルールが曖昧なままだと、算定結果が部門間・製品間でぶれてしまいます。

👉 参考記事:CFPの基礎 欧州電池規則におけるEV用電池のCFP算定方法(2025年版)

④ 製品マスターデータの統合不足

電池パスポートでは、材料重量構成やモジュール・セルの構造など、詳細な製品情報が必要です。

しかし、多くの企業で BOM や材料データがシステムごとに別管理されており、統合するだけでも大きな工数が発生します。

⑤第三者保証を見据えた証跡管理不足

EU では CSRD によって環境データの限定保証が義務化されており、電池パスポートに含まれるデータ(CFP・LCA・原材料・再生材含有率等)も将来、監査対象となる可能性が高まっています。

元データの記録、算定プロセスの文書化、更新履歴の管理といった、監査前提のデータ品質管理が必要になります。

👉 参考記事:サステナビリティ第三者保証 ~実務対応の第一歩:情報整備と内部統制への具体的アプローチ~

電池パスポートに必要なデータの理解

電池パスポートに含まれる情報は幅広く、以下の5つのデータ群に大別できます。参考までに、多くの企業におけるデータ収集部門を記載しています。

① 製造工程データ(工場)

電力・燃料使用量や製造ラインごとのGHG排出量など、工程別の詳細データを収集します。特に電池製造はエネルギー負荷が高いため、この情報は CFP の中心要素になります。

👉 参考記事:カーボンフットプリントとは?算定方法からメリット、取り巻く動向まで~今、確認したい基礎知識~

②材料・部材データ(サプライヤー)

採掘地・精錬地、再生材含有率、化学組成、ロット別データなどが必要です。
ここは自社だけでは揃えられず、サプライヤーの協力が不可欠です。

③ LCA/CFP の算定データ(環境部門)

ライフサイクルインベントリ、インパクト評価、二次データ基準といった環境算定の専門データを扱います。
PEF準拠が求められるため、算定ルールの標準化が重要です。

④ BMSデータ(使用段階)

SOC (State of Charge)・SOH (State of Health)・温度履歴・充電サイクルなど、使用中の劣化情報です。

リユース・リサイクルの判断にも使われるため、品質管理の観点でも重要です。

⑤製品仕様・材料構成データ(設計・品質)

BOM、セル・モジュール構造、材料重量構成、化学的特性などが含まれます。

パスポートの基礎データとなる領域で、抜け漏れがあると全体に影響が出ます。

2025~2027年の実務ロードマップ

現状把握とギャップ分析(2025年)

最初に、企業内に点在するデータとサプライヤーの提供状況を把握します。

  • 工場データの粒度・整合性は十分か
  • 材料データは入手可能か
  • BOM はどの深さまで統一されているか
  • CFP/LCA の試行算定はできるか
  • BMSデータの取得方法は準備できているか

このフェーズは、全体の課題を可視化する重要なステップです。

算定ルールの統一とサプライヤー連携体制の構築(2026年)

2027年の義務化に間に合わせるには、2026年が事実上の本番準備期間になります。

  • ISO/PEF 準拠の算定ルールを整備
  • サプライヤーへの依頼内容の明確化
  • データフォーマットの統一(Excel → デジタルへ)
  • LCA算定の精度向上とレビュー
  • 再生材含有率管理の運用開始
  • データ更新サイクルの設定(年次・四半期)

この段階で仕組みが整っていないと、2027年の義務化に対応できません。

電池パスポートの本番運用(2027年)

2027年になると、実際に EU に向けた提出が始まります。

  • 電池パスポート提出のワークフロー整備
  • データ蓄積・更新運用の開始
  • 証跡管理と監査対応の準備
  • EU提出フォーマットへの最終整合
  • ラベル貼付などの実務

制度が本番化すると、データの更新・修正が常態化するため、「運用できる仕組みか」が問われる段階に入ります。

サプライヤー協働が最重要ポイント

電池パスポートの大部分は、上流サプライヤーが保有するデータです。そのため、依頼内容を明確にし、協力を得るための仕組みづくりが不可欠です。

依頼すべき主な情報は以下のとおりです。

  • 原材料の採掘地・精錬地
  • 精錬工程の CO₂排出量
  • 再生材含有率
  • 材料重量構成・化学組成
  • 生産ロット情報

依頼時には、

  • 「なぜ必要か」
  • 「どの粒度で必要か」
  • 「いつまでに必要か」 を文書で示し、契約内容に明記することが効果的です。

第三者保証への備え

欧州の制度全体が「データの信頼性」を重視する方向に進んでいます。電池パスポートで要求される CFP・LCA や原材料由来データも、将来保証対象になる可能性が高いため、以下の体制整備が重要です。

  • 元データの証跡保存
  • 算定プロセスの文書化
  • 更新履歴の管理
  • データの社内レビュー体制

こうした対応は制度対応のみならず、取引先からの信頼向上にも直結します。

まとめ:早期対応× 継続改善が競争力につながる

欧州電池規則は、単なる規制ではなく、企業のデータ管理とサプライチェーン運営を根本から変える要請です。

20254〜20265年にどれだけ準備を進められるかが、20276年以降の競争力を左右します。そこで企業全体のガバナンス体制をイメージしつつ、まずは該当製品の対応をしていくことが現実解となるでしょう。

補足: なお、原材料デューデリジェンス(DD)義務は2025年に適用時期の延期が発表され、一部要件の時期に調整が入りました。実務に影響する最新の変更点は下記にまとめています。
👉参考記事:欧州電池規則:原材料デューデリジェンス(DD)義務の適用が延期

出典

Regulation (EU) 2023/1542(欧州電池規則 本文)
European Commission – Sustainable Batteries(公式解説ページ)
European Commission – Digital Product Passport(DPP)公式ページ
European Commission Joint Research Centre – PEF(製品環境フットプリント)メソッド

記事問い合わせCTA