SSBJは“第二の会計ビッグバン” – 企業価値を左右する開示の本質
目次
◆本対談の3つの要点◆
- SSBJ基準は「第二の会計ビッグバン」:企業価値の評価軸は、有形資産から無形資産へとシフトしている
- 「見える化」ではなく「見せる化」: 投資家が見ているのは数字ではなく「その数字をどう生み出すか」というストーリー
- サイロ化はなくならない: 部門をつなぐ鍵は、「価値創造」という共通言語にある
◆対談者プロフィール◆
ゲスト:
会社 Co-Create Frontier 代表 元SSBJ委員
菊池 勝也氏
1989年大和証券投資信託委託(現大和アセットマネジメント)入社。約20年株式運用部門に所属しファンドマネージャーを務める。主として成長株ファンドやSRIファンドを担当。2013年調査部へ異動しアナリストとして金融・医薬品セクターなどをカバーする。調査部長を経てスチュワードシップ活動を担当。2019年東京海上アセットマネジメントへ入社し マルチアセットの責任投資を統括。
2025年4月企業と投資家による価値共創のサポートを目指し起業。経営戦略の立案・情報開示・IR活動等の支援、スタートアップ企業のアドバイザーなど資本市場に関連する分野で活動中。
聞き手:
Booost株式会社 取締役 COO
大我 猛
元SAPジャパン 常務執行役員 チーフ・トランスフォーメーション・オフィサー。30年以上にわたり、テクノロジーと事業の両面から企業の成長構造を再設計し、持続的な成長を実現してきた。日本オラクル、コンサルティングファーム、SAPを通じて、企業変革およびM&A・PMIを含む経営基盤の再構築を推進。SAPでは、業務効率化中心の価値提供からビジネスモデル変革(DX)へと転換し、サステナビリティ領域における事業創出と自社の中期変革をリード。企業・スタートアップ・パートナーを横断したエコシステム構築を推進し、非財務価値を企業価値へと接続する実装に取り組む。2023年よりBooostの取締役 COOに就任。
1. SSBJ基準の本質とは?「制度という木」を見て「価値創造という森」を見ない企業の危うさ
大我: 本日はよろしくお願いいたします。菊池さんは長年、機関投資家としてサステナビリティ投資に関わられた上、SSBJの委員として基準策定の中心にいらっしゃいました。本日はまず、SSBJ基準が企業に何を求めているのか、その根源的な部分からお伺いできますか。
菊池氏: よろしくお願いします。まず強調したいのは、基準の条文を読み解く前に「視点の整理」をすべきだということです。私は、サステナビリティに向き合う際は、以下の3つの視点を主張しています。
- 価値創造の視点: 企業の価値創造の源泉はどこにあるのか。有形(タンジブル)から無形(インタンジブル)のものへ、価値創造の源泉がシフトしている。
- 経営の外部環境の視点: 激甚化する気候変動や、ESG・インパクト投資の広がりといった経営を取り巻く環境の変化が生じている。
- 制度に関する視点: 多種多様な法規制・開示基準への対応が求められている。
多くの企業が、3つ目の「制度」への対応だけに終始しがちです。しかし、そこだけを見ているとSSBJ基準の本質を見失います。基準そのものは「ニュートラル(中立)」な道具に過ぎません。その道具を使って、自社がいかに価値を創り出すのかという1つ目の「価値創造の視点」がない限り、開示は空疎なものになってしまいます。

2. 失われた30年を超えて。なぜ今「第二の会計ビッグバン」なのか
菊池氏: 私は、今回のSSBJ基準の導入を「第二の会計ビッグバン」と捉えています。
2000年前後、日本は「第一の会計ビッグバン」を経験しました。単体から連結への企業バウンダリーの拡張に加え、バランスシートを簿価から時価に変え、企業実態を正しく表そうというグローバルな潮流です。しかし、日本はいまだに「のれんの償却」の議論をしていることに象徴されるように、グローバルスタンダードから出遅れ、企業実態を把握する枠組みの構築に遅れをとっているように思われます。これが「失われた30年」を招いた一因だと私は考えています。
今回のサステナビリティ情報開示は、対象を有形資産だけでなく無形資産も含めることに加え、企業バウンダリーを「自社」だけでなく「バリューチェーン」まで広げる枠組みです。グローバルスタンダードと同等の基準が日本において法定化されるわけですから、単に従うべきルールとして捉えるのではなく、世界と戦うための「企業評価の枠組み」として「使い倒す覚悟」で向き合っていただきたいと思います。
大我: 非常に共感します。私も前職で2000年頃の国際会計基準(IFRS)導入の波を経験してきました。当時は仕組みの導入が中心でしたが、今のSSBJの流れも本質は同じですよね。無形資産や、自社に関わるサプライチェーン全体をどう見ていくか。
菊池氏: まさにおっしゃる通りです。会計ビックバンでバウンダリーは「単体」から「連結」へと広がりましたが、今はさらに上流のサプライチェーンや川下も含まれ、一種の蜘蛛の巣のような生態系へと広がっています。それを表現する一つの助けとなるのがSSBJ基準です。
3. 投資家が「無意識」に見ているもの。数字とその数字を生み出す源泉
大我: 投資家という「情報の受け手」のリアルについても伺わせてください。実際に投資家が企業を評価する際、具体的にどこを見ているのでしょうか。
菊池氏: 投資家によっても様々ですが、投資家の評価には「意識と無意識」の両面があります。例えば「この社長はすごい」と感じてバリュエーションが高くなる「CEOプレミアム」。これをあえて意識的に付けている投資家も存在しますが、強く意識することなく高い評価を下している場合もあります。
アクティブ運用の世界では、B/SやP/Lで見えている数字そのものではなく、「その数字を生み出したものは何か」、「将来的に数字を生み出しそうなものは何か」を投資家が頭の中でシミュレート(私は「妄想」と呼んでいます)しています。その際、例えば技術に特徴のある会社なら知財マネジメント、それを支える研究開発体制や人的資本といった「見えない(無形)資産」の重要性が極めて大きいのです。
大我: 数字そのものではなく、数字を「生み出す源泉」を投資家は見ているということですね。

菊池氏: その通りです。だからこそ、企業はファクトだけを伝えるのではなく、その背景となる「見えない資産」を含めて投資家がシミュレーションに使う情報を提供することが必要なのです。
4. 「決算の物語」と「企業の物語」。サイロ化の中でSSBJの4つの柱を繋ぐのは「戦略」
大我: 投資家が頭の中でシミュレーションを行うための「材料」として、見えない資産をどう提示していくべきでしょうか。
菊池氏: 私は、企業に「決算の物語」と「企業の物語」という二つの物語を出して欲しいとお伝えしています。
まず「決算の物語」とは、単なる業績というファクトの報告だけではありません。数字の背景にあるものや数字に対する分析や評価、それに基づいた「次の一手」としての企業行動までを含むものです。
「企業の物語」とは、いわゆる価値創造ストーリーのことですが、以下の3点を明確にする必要があります。
- 現在地: 自社の現状をどう分析しているか。例えば人的資本や知的資本などは足りているか。
- 目的地: どこに向かおうとしているのか。
- 道筋: どうやって辿り着くのか。例えば超特急で一気に行くのか、それとも匍匐(ほふく)前進で着実に行くのかといった経営戦略・計画。
戦略や資本の状況(ファイナンシャルだけではなく全ての資本)に応じて、このストーリーは各社千差万別であるはずです。二つの物語が提示されて初めて、評価する側も精緻なシミュレーションが可能になります。
大我: 実際の開示実態を見ると、物語はあるけれど数字とつながっていないケースが散見されます。なぜこの分断が起きてしまうのでしょうか。
菊池氏: 背景にあるのは、組織の「サイロ化(縦割り)」です。多くの日本企業では、SSBJ基準が求める4つの枠組み(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)を、部門ごとの「縦割り」で埋めようとしてしまいます。「ガバナンスは法務、戦略は経営企画、リスク管理はコンプラや総務…」といった具合です。
しかし、「サイロ化をなくそう」と掲げても、このキャッチフレーズは非現実的だと思っています。専門化が進めば、サイロ化は必然的に発生する「宿命」のようなものです。
問題は、サイロ化していること自体ではなく、サイロを貫く「共通項」がないことです
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組織の宿命である「サイロ化」をどう突破し、バラバラの情報をひとつの「物語」に編み上げるのか。
後半では、菊池氏が提言する共通言語の見つけ方と、以下のトピックをさらに深掘りします。
✓ 「見える化」の罠: 投資家が求めるのは数字ではなく、その「裏側の意思」
✓ 単線の中計はもういらない: 「曇りの日には折りたたみ傘」を準備するシナリオ経営の真髄
✓ マテリアリティの解像度: 1年かけてでも「自社に特有な価値創造の源泉」を問い直すべき理由
✓ 実務の断捨離: 膨大な開示媒体をどう整理し、誰に何を伝えるべきか
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