インドSEBI 2025年ESG開示フレームワーク改訂

目次
2025年3月、インド証券取引委員会(SEBI)は、上場企業に対するESG情報開示制度であるBRSR(Business Responsibility and Sustainability Report)を一部見直し、制度改訂を通達しました。改正の目的は、企業負担の軽減と中小企業(MSME)への配慮、実効性の高い開示フレームワークの推進が目的です。
今回、新たに制度に盛り込まれた主な3要素は以下の通りです:
SEBI原文用語 | 翻訳ツールによる和訳 |
Green Credits | グリーンクレジット |
Assessment or Assurance | 第三者評価(アセスメント)および保証(アシュアランス) |
ESG Disclosures for Value Chain | バリューチェーンに関するESG情報の開示枠組み |
本制度はEUのCSRDやCSDDDとの整合性も視野に入れつつ、インド企業の国際的な開示水準の引き上げと、バリューチェーンの持続可能性対応力の強化を図るものです。
では、今回の制度改正では何が変わり、どのような独自性があるのでしょうか。本記事では、特に「バリューチェーン開示」に焦点を当て、その内容と日本のSSBJ基準との違いを簡潔に整理します。
BRSR Core報告項目の構成と導入経緯(2023年7月)
2023年7月に導入されたBRSR Coreでは、バリューチェーン(取引先や販売先)に対するESG情報の開示が「遵守または説明(Comply-or-Explain)」方式で義務付けられていました。報告項目には、GHG排出量(Scope1・2)や水・エネルギー使用量、雇用・労働慣行など、合計9項目のKPIが含まれ、標準化されたBRSR Coreフォーマットで、年次報告書における開示が求められています。
2023年度から、時価総額上位1000社の上場企業は、以下の表に基づくスライドパスに従い、BRSR Coreの第三者の合理的保証を義務付けられています。

図1(出典:BRSR Core – Framework for assurance and ESG disclosures for value chain)
バリューチェーン開示に関する改正の要点(2025年3月)
実務上、中小企業(MSME)を含む広範な取引先からのESGデータ収集が困難であることが懸念され、SEBIは2023年末に「Ease of Doing Business」措置を承認。2025年3月の改訂により以下の点が正式に制度化されました:
- 開示・保証の1年間延期(Para 3.10)
ESGデータ整備の準備期間確保を目的に、「開示」、「第三者評価(アセスメント)および保証(アシュアランス)」の開始を1年延期。
- 開示対象の定義と上限(Para 3.11)
バリューチェーン情報は、BRSR Core形式に基づき年次報告書で開示されます。報告対象は購買額・販売額のそれぞれ2%以上を占める主要な上流・下流パートナーですが、開示は取引全体の最大75%までに制限可能です。
- 適用スケジュール(Para 3.12–3.14)
- 2025–26年度より上位250社に任意適用。
- 第三者保証は2026–27年度より任意適用。
- 初年度は前年度データ(FY2024–25)の開示が任意。
- カバレッジ率(取引全体に対するESG開示比率)の開示が必須。
日本のSSBJ基準との比較:Scope3、取引先基準、保証制度の違い
- Scope3開示
日本のSSBJ基準は国際基準(ISSB)を参考にし、スコープ3のGHG排出の開示が求められています。最初の年に経過措置が適用され、スコープ3のGHG排出量の開示を行わなくてもよい場合があります。ただし、経過措置期間終了後は、原則としてバリューチェーンにおけるScope3排出量の開示が義務付けられます。
一方、SEBI制度では、現時点でScope3開示の義務は明確に定められていません。
- 定量的基準の有無
SSBJでは取引先選定に具体的な数値基準がなく、企業が自社の重要性判断に基づいて柔軟に開示対象を選定できます。例えば、自動車産業では主要サプライヤーのみを対象とする企業もあれば、小売業では幅広い取引先を含める企業もあるでしょう。
一方、SEBI制度は「購買額・販売額の2%以上」「取引全体の75%以内」という明確な数値基準を設けており、企業間での一貫性と比較可能性を重視しています。
- 第三者保証
日本では現時点で第三者保証の義務化は検討中ですが、インドではすでに段階的な導入スケジュールが制度化されています。
まとめ
インドのSEBI新制度は、定量基準や段階的保証導入により国際水準に適合しつつ、実務面での実行可能性を確保しています。一方、日本のSSBJは、国際基準(ISSB)に準拠しつつ、企業の重要性判断を重視した原則ベースのアプローチを採用し、業種に応じた柔軟な対応が特徴です。
インドのBRSRフレームワークは、上場企業に対し、透明性と説明責任を求める重要な規制です。実務上の課題はあるものの、投資家信頼の向上、リスク管理強化、ブランド評判向上といった戦略的利点をもたらします。また、グローバル基準との整合性や持続可能性目標への貢献も期待されます。
日印企業は、ESGデータ収集体制の構築や両制度のベストプラクティス共有を通じて、投資家信頼と競争力の向上を図ることが、将来の成功に不可欠です。
出典
SEBI BRSR Core – Framework for assurance and ESG disclosures for value chain
サステナビリティ基準委員 サステナビリティ開示基準アップデート