【最新版】CSRDとは? EU企業サステナビリティ報告指令・ESRS・対象企業・ダブルマテリアリティ・簡素化動向を整理する

EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)とは、EUが企業に対してサステナビリティ情報を財務報告並みの厳格さで開示することを義務付ける指令です。

その実務的なルールとして ESRS(欧州サステナビリティ報告基準) が定められ、さらに ダブルマテリアリティ という考え方が制度の中心に据えられています。

本記事では、CSRDとは何か/対象企業・適用時期/ESRSとは/ダブルマテリアリティとは/CSRD簡素化の制度的な位置づけを、制度説明に軸足を置いて整理します。

CSRDとは何か ─NFRDからの転換点としてのCSRDとは?

CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)は、従来の NFRD(Non-Financial Reporting Directive 非財務報告指令) を改正する形で制定された EU の指令です。正式名称は 2022 年 12 月 14 日付の Directive (EU) 2022/2464 で、会計指令(Directive 2013/34/EU)などを改正する枠組みとして位置づけられています。

CSRD の目的は、以前 booost 記事「CSRDとは?」で整理したとおり、次のようにまとめられます。

  • ESG情報の比較可能性の向上:各社バラバラだったサステナ情報を、共通フォーマットで比較可能にする。
  • 投資家・金融機関が使える水準への引き上げ:サステナ情報を、財務情報と同等の信頼性・網羅性を持つ「投資判断の材料」にする。
  • EUグリーンディールとの一体化:気候中立や生物多様性などの政策目標を、企業レベルの開示を通じて具体化する。

これを実現するために、CSRDは以下を制度要件として組み込んでいます。

  • 詳細な開示内容を定める ESRS(European Sustainability Reporting Standards)の採用
  • サステナビリティ情報への 第三者保証の段階的義務化
  • 年次報告書(マネジメントレポート)内での開示義務
  • XHTML形式 による電子提出
  • ダブルマテリアリティ に基づく重要性評価の義務化

つまり CSRDとは?EU域内外の企業に、標準化されたサステナビリティ報告を求める“傘の法律” であり、下位の技術基準である ESRS とセットで理解する必要があります。

CSRD 対象企業と適用時期

1. CSRD 対象企業の基本枠組み

CSRD では、対象企業を大きく次のカテゴリーに分けています。

  1. EU域内の大企業(large undertakings) 以下 3 つのうち 2 つ以上を満たす企業
    • 従業員数 250 人超
    • 売上高 4,000 万ユーロ超
    • 総資産 2,000 万ユーロ超
  2. EU規制市場に上場する中小企業(上場SME) マイクロ企業を除く上場中小企業で、簡略化された基準や猶予期間が用意されています。
  3. EU域内に一定規模の子会社を持つ非EU企業 EU内子会社が上記の大企業・上場企業基準に該当する場合、子会社単体で CSRD に基づく報告義務を負います。
  4. EU域内で一定規模以上の売上を持つ非EU親会社
    • EU域内売上が一定額(従来は 1.5 億ユーロ)以上
    • EU内に大企業相当の子会社または一定の売上を持つ支店 を持つ非EU企業の親会社には、EU全体をカバーするサステナビリティ報告書の作成義務が課される枠組みが設けられています。

2. CSRD 適用時期(「ウェーブ構造」)

CSRD は対象企業の種類ごとに段階的に適用されるスケジュールになっています。

  • 第 1 波(Wave 1): 旧 NFRD の対象企業 → 2024 年 1 月以降に開始する事業年度から CSRD 適用
  • 第 2 波(Wave 2): それ以外の EU 域内大企業 → 2025 年開始の事業年度から適用
  • 第 3 波(Wave 3): 上場SME 等 → 当初は 2026 年開始年度からとされていましたが、後述のオムニバス簡素化パッケージやストップ・ザ・クロック指令により、報告開始時期を後ろ倒しする議論が進んでいます。
  • 第 4 波(Wave 4): 一定の売上規模を持つ非EU企業の親会社 → 2028 年開始年度から適用(現行枠組み)。今後の簡素化・見直しで閾値やタイミングが調整される可能性があります。

オムニバス簡素化パッケージとは何かーCSRDのスコープを見直す動き

2025 年 2 月、欧州委員会はOmnibus simplification package(簡素化パッケージ)を公表しました。これは CSRD を含む複数の指令・規則を一括で見直し、企業の報告負担を軽減することを目的とした立法パッケージです。

CSRD 文脈で重要なのは、以下のような方向性が提示されている点です。

  • CSRD 対象となる 大企業のしきい値見直し(売上・資産・従業員数の基準変更案)
  • 非EU企業の適用基準(EU域内売上 1.5 億ユーロ等)の引き上げ案 → 一部報道・専門家レポートでは、EU売上基準を 4.5 億ユーロ程度に引き上げる案が議論されているとされています。
  • 上場SME に対する適用時期の延期・猶予
  • 「第 2 波・第 3 波」の報告開始を一時的に凍結する“ストップ・ザ・クロック”型の指令案

ポイントは、CSRD 全体をやめるという話ではなく、どこまでの企業にいつから適用するかを調整する議論であるということです。

つまり、CSRDという制度自体は維持しつつ、対象範囲やスケジュールを実務的に回せるようにするのがオムニバスの主眼です。

ESRSとは何か―CSRD報告のための技術基準

ここからは、CSRDと常にセットで語られる ESRSとは何か を整理します。

1. ESRS とは

ESRS(European Sustainability Reporting Standards)は、CSRD に基づいて企業が開示すべきサステナビリティ情報の内容と形式を定める 欧州共通の報告基準 です。

欧州委員会は 2023 年 7 月 31 日、最初の 12 本の ESRS(セクター共通基準) を委任規則として正式採択しました。

ESRS は以下のように大きく 2 層で構成されています。

  • クロスカッティング基準(横断基準)
    • ESRS 1:一般要求事項
    • ESRS 2:一般開示(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標・目標 など)
  • テーマ別基準(環境・社会・ガバナンス)
    • 環境:E1〜E5(気候変動・汚染・水・生物多様性・循環経済)
    • 社会:S1〜S4(自社従業員・バリューチェーン労働者・コミュニティ・消費者)
    • ガバナンス:G1(ビジネス行動)

booost 記事「CSRDとは?」で概説した通り、CSRD=枠組み(誰が報告するか・いつからか)、ESRS=中身(何をどのレベルで報告するか)という分担になっています。

2. ESRSとダブルマテリアリティ評価

ESRS の大きな特徴は、「全部を一律に開示しなさい」とは言っていない点です。

代わりに、ダブルマテリアリティに基づき、自社にとって重要なテーマだけを選び出して開示するよう求めています。

そのために、ESRS は次のプロセスを前提にしています。

  1. E・S・G のすべてのテーマ候補を網羅的に識別
  2. それぞれについて「企業が社会・環境に与える影響」と「社会・環境が企業価値に与える影響」を評価
  3. どちらか(あるいは両方)で「重要」と判断されたテーマのみを選定し、詳細開示を行う

このダブルマテリアリティ評価そのものが、ESRS における入り口かつ中核の制度要件になっています。

ダブルマテリアリティとは?ーシングルマテリアリティとの違いを制度面から整理

Booost の公開記事「シングルマテリアリティとダブルマテリアリティ:開示基準の違いが変えるサステナ経営の実務」では、両者の違いをサステナ経営の観点から整理しました。本記事では、それを CSRD・ESRS の制度面から位置づけ直します。

1. マテリアリティとは何か

マテリアリティ(Materiality)は、「数多くのサステナ課題の中から、何を重要なテーマとして選び取り、経営や開示の中心に据えるかを決める基準」 です。

近年は投資家だけでなく、従業員・取引先・地域社会なども企業の「重要性の定義」を注視しており、どの基準で“重要”とみなしたか自体が信頼性に直結します。

2. シングルマテリアリティ(SSBJ 基準など)

シングルマテリアリティは、「企業の財務状況・企業価値に影響を与えるものかどうか」で重要性を判断する立場です。

日本の SSBJ 基準 はこの立場を採用しており、有価証券報告書などでは「投資家の意思決定にとって重要かどうか」が中心的な判断軸になります。

3. ダブルマテリアリティ(GRI → CSRD/ESRS)

ダブルマテリアリティは、

  1. Impact Materiality(インパクト重要性)
    • 企業が環境・社会にどのような影響を与えているか
  2. Financial Materiality(財務的重大性)
    • 環境・社会の変化が企業価値にどんな影響をもたらすか

の両方向から重要性を判断する考え方です。

GRI は 2010 年代からこの概念を明確化しており、2019 年には欧州委員会もサステナ報告の文脈でダブルマテリアリティを公式に位置づけました。

CSRD/ESRS は、このダブルマテリアリティを制度として明文化し、開示プロセスの出発点として義務付けた点に特徴があります。

  • 財務的影響が小さくても、重大な人権侵害や環境破壊は「インパクト重要性」が高いとみなされ、開示対象になり得る
  • 逆に、社会的インパクトが小さく見えても、事業モデルに大きな影響を与える規制リスクなどは「財務的重大性」から重要と判断される

Booost のマテリアリティ記事で詳しく触れた通り、日本企業は法定開示(SSBJ:シングルマテリアリティ)と、統合報告書などの戦略開示(ダブルマテリアリティ)という二重構造に向き合うことになります。

CSRD/ESRSの理解は、この二つのマテリアリティ基準を橋渡しする視点から捉えると整理しやすくなります。

まとめ

最後に、本記事で整理したポイントを簡潔に振り返ります。

  • CSRDとは? EU が企業に対してサステナビリティ情報の開示を義務付ける指令であり、旧 NFRD の課題(比較可能性の低さ・基準の曖昧さ)を解決することを目的としています。
  • CSRD 対象企業・適用時期 EU の大企業・上場SME・一定規模以上の非EU企業が対象となり、Wave 1〜4 の段階的なスケジュールで適用が進みます。
  • ESRSとは? CSRD のもとで「何を・どのレベルで」報告するかを定める技術基準であり、クロスカッティング基準と環境・社会・ガバナンスのテーマ別基準で構成されています。
  • ダブルマテリアリティとは? 企業が社会・環境に与える影響(インパクト)と、社会・環境が企業に与える財務的影響(ファイナンシャル)を両方とも重要性の判断軸とする考え方で、CSRD/ESRSの制度思想の中心に位置づけられています。
  • CSRD/ESRS の簡素化動向 オムニバス簡素化パッケージと Draft Amended ESRS により、対象範囲・データポイントの大幅削減など実務に乗るための再設計が進んでいますが、ダブルマテリアリティや高い透明性という制度の根幹は維持されています。

今後も、CSRD・ESRS・SSBJ・ISSB などサステナビリティ開示をめぐる制度は、「緩和」ではなく「整合と統合」の方向に動き続けると考えられます。

参考資料:

■ 欧州委員会(European Commission)

■ 欧州官報(Official Journal of the European Union)

■ EFRAG(European Financial Reporting Advisory Group)

■ GRI(Global Reporting Initiative)

■ 関連する EU 関連公式資料(適用時期・スコープ)

■Booost記事

  • EUのサステナビリティ開示法律 CSRD(企業サステナビリティ報告指令)とは?
  • 【CSRD最新動向】EFRAG、サステナ開示基準を大幅簡素化──ESRSデータポイントを約68%削減
  • シングルマテリアリティとダブルマテリアリティ:開示基準の違いが変えるサステナ経営の実務
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