(速報)SASBスタンダード修正案:国際基準との整合性強化に向けて

目次
2025年7月3日、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、「『SASBスタンダード』修正案」と「『IFRS S2の適用に関する産業別ガイダンス』修正案」を公表しました。両修正案へのパブリックコメントは 11 月 30 日まで募集され、2026年の最終化を目指しています。 本記事は、前者の「『SASBスタンダード』修正案」について解説します。なお、「『IFRS S2の適用に関する産業別ガイダンス』修正案」は、「『SASBスタンダード』修正案」の気候関連部分と整合しているため、本稿では取り上げていません。
修正概要
SASBスタンダードとは、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)が作成した11セクターの計77産業別のサステナビリティ情報開示ガイダンスで、それぞれの産業について企業の財務パフォーマンスに影響を与える可能性が高いサステナビリティ課題を特定しています。日本のSSBJ基準でも、SASBスタンダードを参照しその適用可能性を考慮する必要があると明記されています。
今回の修正案では、採掘・鉱物加工セクターの全8産業と食品・飲料セクターの加工食品産業の計9産業が優先対象として選定され、これら産業に使われるスタンダードに対して「包括的な修正」が提案されました。 さらに、「包括的な修正」の内容を踏まえ、GHG排出量、エネルギー、労働慣行などの共通トピックについて、整合性を確保するために、他の41のスタンダードに対しても「的を絞った修正」が提案されています。このアプローチにより、SASBスタンダードは業界固有の特性を反映する独自指標を維持しながら、特定の開示トピックに関しては業界間の比較可能性を高めることができます。
修正内容(一部)
本修正案では、SASBスタンダード全体にわたって様々な分野に対する修正提案が示されています。今回は、その中でも複数の産業に共通して該当し、関心も比較的高いと考えられる4つの分野に絞って説明します。
GHG排出量
本修正案では、採掘及び鉱物加工セクターに属する8つすべてのスタンダードにおいて、スコープ1に関する指標に含まれる多くの技術的プロトコルを、IFRS S2の要件と整合させる形で見直すことが提案されています。これにより、SASBスタンダードがIFRS S2の他の開示要件との重複を避けつつ、補完し合うような構造で、開示の簡素化と実務面での一貫性が期待されます。 また、これらの修正を踏まえ、他の12産業にも的を絞った改訂が提案されており、産業ごとに異なる規制リスクの水準にかかわらず、開示の一貫性を高めることが狙いとされています。
修正案例

エネルギー管理
「工事用資材」、「鉄鋼製造業者」と「金属及び鉱業」の各産業におけるスタンダードでは、以下のような修正が提案されています。 ・購入した電力の消費量と再生可能エネルギーの消費量について、割合から絶対値の開示に改訂する。後者はさらに自家発電または直接契約で供給された再生可能エネルギー電力に焦点を当てる ・「自己生成エネルギー」の定義を、「GHGプロトコル スコープ2ガイダンス(2015年)」での定義と整合する ・燃料消費から生じたエネルギーについて、高位発熱量(HHV) ではなく低位発熱量(LHV)を使用することを要求する。ただし、法域の規制や取引所が別の発熱量を指定している場合は、その発熱量の使用も認められる。 ・指標と技術プロトコルを見直し、IFRS S2と整合させる
先述のGHG排出量と同じく、他の21産業についても的を絞った修正が提案されています。 上記の改訂により、IFRS S2との整合性はもちろん、2025年6月に公表されたGRI 103:Energy 2025との相互運用性が向上することも期待されています。
修正案例

水資源
「石油及びガス―中流」以外の「採掘及び鉱物加工」セクターに属する産業のスタンダードは、GRI 303:水と廃水 2018との相互運用性を向上することも兼ねて、次のような提案が含まれています。それらを反映するために、他の16産業についても的を絞った修正が提案されています。 ・取水量を水源別に集計する ・「水ストレス」の定義を見直す ・水関連リスクが集中している操業施設の所在地の開示を要求する ・「水質許可に関連する不遵守件数」指標を、「(1)排出先及び(2)処理のレベルごとの排出された水の総量」で置き換える
修正案例

労働力の健康と安全
「採掘及び鉱物加工」セクターの 7 つの産業のスタンダードについて、以下の修正が提案されています。これらの修正に合わせて、その他の 13 産業においても的を絞った修正が提案されています。 ・「直接従業員」を「従業員」に置き換え、「契約社員」を「非従業員労働者」に置き換える ・「死亡率」を「死亡者数」に置き換える ・「ニアミス頻度率」(NMFR)のサブ指標を削除する ・安全パフォーマンスを管理するために開発した先行指標(ニアミス頻度率など)がある場合、定性的な指標として開示する ・「すべての事案率」を「(1)死亡者数及び(2)総記録災害度数率(TRIR)」に変更する ・従業員数、非従業員数、労働時間に関する新しい活動指標を追加する
修正案例

まとめ
今回の修正案は、IFRS S2やGRIといった国際基準との整合性と相互運用性を重視して設計されています。今後も優先産業の選定と見直しが段階的に進められる予定です。これらの動きは、SSBJの開示基準や各社のサステナビリティ報告実務に大きな影響を与えるため、企業は改訂されたSASBスタンダードに合わせてギャップ分析や情報開示の更新を含む対応と準備が必要です。
出典
IFRS ISSB proposes comprehensive review of priority SASB Standards and targeted amendments to others
ISSB Exposure Draft Proposed amendments to the SASB Standards
ISSB Basis for Conclusions on Proposed amendments to the SASB Standards