シンガポールにおけるESG開示制度の最新動向

目次
2024年に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が発行したIFRS S1/S2基準は、世界各国で気候関連情報開示の新たな共通ルールとなりつつあり、シンガポールでも同基準に準拠した制度導入が着実に進められています。
本記事では、シンガポールが2025年度以降に導入したScope 1/2開示義務化と、Scope 3の段階的導入方式および2027年からの限定的保証開始といった最新情報を整理します。最後に、日本が2025年3月に公表したSSBJ基準との比較を通じて、両国のISSB整合アプローチにおける共通点・相違点を簡潔に議論します。
シンガポールの最新動向

出典:ACRA / SGX RegCo “Climate Reporting and Assurance Roadmap”
- Scope 1/2の開示義務(FY2025~) 2024年9月、SGX RegCoは《上市規則》を改訂し、2025財年以降、すべての上場企業にIFRS S2準拠のScope 1/2開示を義務付けました(参考:SGX RegCo公式発表)。これは企業が直接排出する温室効果ガス(Scope 1)と購入電力などからの間接排出(Scope 2)のみを対象とし、IFRS S2対応に向け、段階的に導入することで実務負担を軽減する設計です。
- Scope 3排出量の段階導入(FY2026~) Scope 3の開示は、当初FY2026から予定されていましたが、2025年6月時点で柔軟な調整が決定。大手上場企業から優先的に導入し、準備状況に応じて他企業に順次拡大する「適応型導入」方式が採用されています。
- 限定的保証の義務化(FY2027~) FY2027財年より、Scope 1/2のデータに「外部限定的保証」(第三者による検証)が義務化されます。監査法人や公的機関がISSA等の基準に基づき保証を行い、開示情報の信頼性を高めます。
- 大規模非上場企業への拡張(FY2027~) 上場企業に加え、売上高10億S$または総資産5億S$以上の大規模非上場企業にも、FY2027からScope 1/2の開示義務が適用されます。Scope 3は上場企業の進捗に応じて導入予定です。
- 中小上場企業への配慮 2025年6月、シンガポールビジネス連盟(SBF)は中小上場企業から「人員・制度の準備不足」を理由に猶予を求める声明をだしました。これを受け、準備期間の延長や報告の簡素化など柔軟な対応が検討されています。
シンガポールと日本のESG開示制度比較
シンガポールと日本は、ともにIFRS S1/S2との整合性を重視し、段階的な制度導入を進めています。両国ともScope 1/2の義務化および保証制度の整備を予定していますが、アプローチには明確な違いがあります。
- シンガポールは、通知ベースで対象企業を段階的に拡大する「柔軟型導入」を採用し、FY2025から全上場企業にScope 1/2の開示を義務化。Scope 3と第三者保証についてはFY2026~27にかけて順次導入される予定です。
- 日本は、2025年3月にSSBJ基準(IFRS S1/S2整合)を公表し、企業の時価総額に基づくフェーズ制での適用を予定。保証制度については、2025年以降の段階導入が議論されています。
両国の制度は、ISSB基準との整合性・段階導入・保証対応という枠組みにおいて共通点がある一方、導入基準(通知ベース vs. 市場基準)や企業規模に応じた配慮の在り方に違いが見られます。
比較項目 | シンガポールESG開示制度 | 日本ESG開示制度(SSBJ) |
---|---|---|
基準整合 | IFRS S2に直接準拠 | IFRS S1/S2整合、全体構造を再編 |
導入方式 | ステージ導入+通知ベース | 市場時価総額によりFY2027~段階導入(3兆円→1兆円→5,000億円) |
保証 | FY2027から上場Scope 1/2保証 | 適用開始から2年間は、Scope1/2、ガバナンス及びリスク管理 |
まとめ
シンガポールの制度設計は、柔軟な段階導入と国際基準との整合を両立しており、特に中堅・中小企業にとって現実的かつ実行可能なフレームとなっています。今後、企業は自社の対応力を見極めながら、グローバル水準のESG開示に向けた準備を着実に進めることが求められます。
また、シンガポールに製造・販売拠点を有する日本企業や、シンガポールに向けて製品・サービスを提供している企業にとっても、現地での開示要請や取引先からの対応要求に備える必要があります。特にScope 1/2に対する外部保証が義務化される中、現地法人やサプライチェーン全体でのESG対応が一層求められるでしょう。
出典
ACRA / SGX RegCo Climate Reporting and Assurance Roadmap in Singapore – Infographic(PDF)Singapore Exchange(SGX)https://www.sgx.com/
サステナビリティ基準委員会(SSBJ)サステナビリティ開示基準案の公表(2025年3月)
International Sustainability Standards Board(ISSB)IFRS S1 / S2 – General Requirements for Disclosure of Sustainability-related Financial Information and Climate-related Disclosures